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仏教入門塾・写経会・寺報『観世音』について

このページでは、前住職である慧誉和尚が、昭和37年1月18日(木)より
隔月で45年間続けてきました寺報「観世音」の中から一部を抜粋しまして
皆様へお伝えしてまいります。


観世音 第35号 (昭和42年9月18日)より抜粋

語だけ美しくて、実行の伴わないのは、色があって香のない華のようなものである。
華の香は、風にさからって流れない。しかし善き人の誉は、風にさからって世に流れる。

「新訳仏教聖典」 法蔵館 より


観世音 第34号 (昭和42年7月18日)より抜粋

世界はめまぐるしく変わっている。ベトナム戦争はますます拡大した。
それにしても5月23日にはかろうじて釈迦誕生祭休戦が実現したことは
我々仏教徒にとって嬉しいニュースであった。

慧誉師


観世音 第33号 (昭和42年5月18日)より抜粋

~  愛欲は悪魔の投げたえさで、人はこれにつられて魔道にしずむ  ~


愛欲は煩悩の根であって、いろいろの煩悩がこれにつきしたがう。
愛欲は煩悩の芽をふく苗床で、いろいろの煩悩を生ずる。

一片の肉を争うて獣はたがいに傷つき、灯をとって風に向う愚な人は走ってその身を焼く。
この獣の如く、またこの愚な人の如くに、人は欲のためにその身を傷つけ、その身を焼く。


観世音 第32号 (昭和42年3月18日)より抜粋

~  彼  ~


1歳違いの隣家の彼は私には親戚以上の付き合いであった。
しかし彼が3才の時に父が亡くなり彼は父をわからない。
まぶたにも浮かばぬ父や春寒し

数年後、彼の母が病に倒れ、病床につくとあの関東大震災、近所の火事があるなど
ショックが重なり、病状が悪化してついに少年の彼を残して行く秋とともに帰らぬ人となった。
母葬るシャベルにすがる冬の蝉

以来、両親と歩く友の私を見つけるにつけ、彼はどんなにか
この世に母あるは幸なり、父あるもまた幸なり
と思ったことであろう。その彼が消息を絶ってからもう30年になる。

寿徳寺第23世住職  新井正誉


観世音 第31号 (昭和42年1月18日)より抜粋

時として親子はたがいに助け合う機会のあるものである
ところが真に親子が全くはなればなれになることがある
老の恐れ、病の恐れと、死の恐れのおそい来たときである
親の老いていくのを、子はいかにして之に代わることが出来ようか
子の病む姿のいじらしさに泣いても、親はどうして代わって病むことが出来よう
子の死、親の死、いかに親子であっても、どうしても代わり合うことは出来ない
これこそ、まことに「親知らず、子知らず」といわねばならぬ


観世音 第30号 (昭和41年11月18日)より抜粋


いま、私も息をしている。
正に生きている。
何のとりえもないこの身ではあるけれど
かけがえのない、大いなるいのちを持っている。

そうだ、精一杯生き抜かねば。


寿徳寺第23世住職  新井正誉


観世音 第29号 (昭和41年9月18日)より抜粋


父母を尊び敬うものの家は、仏や神の宿りたもう家である。
父母はまことにその仏であり神である。


「新訳仏教聖典」 法蔵館 より


観世音 第28号 (昭和41年7月18日)より抜粋

心さえあれば眼の見えるところ耳の聞くところ、みな悉く教えである。
香を合す道にも仏の教えがあり、華を飾る道にも悟りの語がある。
王者が牢獄を設けて裁く刑にもなさけの眼があり、
異教の邪な道の師匠にも正しい導きの手はある。
昼の太陽の輝き、夜の星のまたたき、
これらも悟りを求める心を、教えの雨で潤す。
いたるところに道を問い、いたるところに話しを聞き、いたるところに悟りの姿を見つけることができる。


観世音 第27号 (昭和41年5月18日)より抜粋


~ よろこんであたえる人間となろう ~


ものがあればものを
ちからがあればちからを
ちしきがあればちしきをみんなにあたえよう

なければ自分のなかに
そだててあたえよう

花は美しさをおしまず
小鳥はたのしい歌をおしまない
だれにでもあたえている

あたえるとき  人はゆたかになり
おしむとき  いのちはまずしくなる

よろこんで  あたえる人間となろう


観世音 第26号 (昭和41年3月18日)より抜粋


~ 縁 ~


ここに茶碗がある。ところがこの茶碗がちょっとしたはずみで落ちると、
それはもう茶碗ではなくセトモノのかけらになる。
しかも茶碗になる前には、これは山の土だった。
山の土が焼き物工場に運ばれて、職人の手でこねられて茶碗になったのだが
その時すぐ隣にあった土は今も山の土のままでいるかも知れないし
また、一緒に掘りだされて工場に運ばれたとしても、茶碗にならずに
お皿になっているかも知れない。そして、そのお皿はもう壊れて土になっている
かも知れないし、あるいは大切にされてこの茶碗より寿命があるかも知れない。


観世音 第25号 (昭和41年1月18日)より抜粋


~ 造られたもの ~


肉体の苦しみが深まると、身体はかがみ、ころがってもがきます。
阿羅漢は肉体に苦しみをおぼえたとき造られたものは常でない
(諸行無常)というお釈迦様の教えに心を統一します。
すると身はよじれても心は大樹の幹のように動揺せず安立します。
永遠の真理です。


観世音 第24号 (昭和40年11月18日)より抜粋


~ 仏の教えは説かねばならぬことを説き
説く必要のないことを説かない ~


人はまづ問題をえらんで、何が自分の第一の問題であるか
何が最も自分に押しせまっているものであるかを知って
自分の心を養うことから始めねばならない。


観世音 第23号 (昭和40年9月18日)より抜粋


植木いじり、子供さんのお守、仕事、いずれでもいいのです。
一生懸命するというのが大事なんです。
80才でも90才でも一生懸命する人は永遠の若者です。


三念寺住職 清水淳誉 師の言葉


観世音 第22号 (昭和40年7月18日)より抜粋

この号の観世音では師匠である中村元(東京大学名誉教授、文化勲章受章博士)と、当時東京大学生であった慧誉(慧一)和尚が3回にわたり日本テレビにて対談している模様の詳細が掲載されています。

テーマは‘仏教の現代性’

「既に成り立った文化体系としての仏教の、今ある形は徐々に消えてなくなると思います。造られたものは移りゆくというのが仏教の根本の教えなのですから。移りゆくものの変化を通じて変わらないものもあります。それが普遍の真理です」
と、しめくくられてます。

観世音 第21号 (昭和40年5月18日)より抜粋

ヤッコさんの歌
ヤッコさんは大変だ。エンのシタの力持ち。 エンの上にはいい人もいればやっかいな人もいる。
でも、同時にその面倒をみて、全て背に負わねばならぬ。 力のいることよ。
我慢で出来るか、踏まれてつぶれるか、トゲを出してエンの上の人を刺すか。
ダルマさん、あんたは辛抱したんだね。ただの忍耐ではなかったでしょ。
はた目には忍耐にみえても、自分では楽しかったのですよね。
ヤッコさんも頑張りましょう。
新井 慧誉 (慧一)


観世音 第20号 (昭和40年3月18日)より抜粋

昔から、過去の思い出の中へ現在の自分を埋没させたら人間はおしまいだと言われる。
つまり未来を望みつつ現在をいきることはできないのだから。
しかし思い出はそんなマイナスの働きを持つものだけではない。
ちょうど音楽における休止符で流れが生きてくるように、
思い出によって現在の生活リズムは適度の調節を得るように思われる。
思い出はふと何かのきっかけで心に浮かんでくるものであろう。
今日はこの思い出にひたってやろうとか、この思い出を話してやろうという
作為があると思い出の本来の形は失われてしまう。

慧誉 師友人  /  木村 清孝 師の言葉
龍宝寺 住職 ・ 東京大学 名誉教授 ・ 鶴見大学 学長
国際仏教学大学院 大学特任教授 ・ 仏教伝道協会 理事


観世音 第19号 (昭和40年1月18日)より抜粋

細野太平氏(昭和40年1月当時、東京大学印哲科3年、慧誉師の後輩)が
自力、他力について提議されました。
元来、仏教は1つであり、宗教は後人の成せる業という。
我々共に考えていくべき問題ではないでしょうか。


観世音 第18号 (昭和39年11月18日)より抜粋

現代宗教の不振が叫ばれ、その責任を僧侶の無能と怠慢に帰する人々があるが、 むしろ我々一般人の生活態度の中に、ありきたりの、出来あいの言葉とか概念で、 悩みを救ってもらおうという安易な気持ちがあるからではないか。

野田 金乗院 加藤純章 師の言葉


観世音 第17号 (昭和39年9月18日)より抜粋

今日の言葉

● 正しい教えを知らないで百年生きるよりは、
   正しい教えを聞いて一日生きる方が勝れている。
● 眠らぬ人には夜が長く、疲れた者には道が遠く、
   正しい教えを知らない人には、その迷いが長い。
● 教えを喜ぶ人は、心が澄んで、よく眠ることが出来る。
   教えによって心を洗われるからである。

「新訳仏教聖典」 法蔵舘より


観世音 第16号 (昭和39年7月18日)より抜粋


~ 宗教とは元来、抹香くさいものだけではない ~


大学の生協で買った120円の入場券を持ち、映画‘鮫’(真継伸彦 原作、昭和38年文芸新人賞)を見た。 「求むるものは何か」と叫ぶサメの中に「如何に生きるか」と迷う僕自身を見た気がした。 それには僕自身があまりにもめぐまれてきたことに思い当たらないではいられなかった。 戦中に生まれ育った僕を不自由な思いをさせたくないと両親は育ててくれたが、不肖の僕は「如何に生きるか」などと迷っている。 映画の田坂監督は宗教的な扱いをしたくないとの前提であったと聞くが、むしろ純真と言える一青年サメを通し、宗教の根本を描いているように思えた。 (昭和39年7月3日  慧誉25才)


観世音 第15号 (昭和39年5月18日)より抜粋

護摩 とは、梵語のhomaのことで、梵焼と意味する。
智慧の火で迷いの薪を焼くことを意味する密教の修法。
インドでAgni(火神)を供養して魔を除き福を求める為に行われた火祭を
仏教に採用した。不動明王や愛染明王などを本尊とし、
その前に儀則に基く護摩壇を置き規定の護摩木を焚き、
火中に穀物等を投じて供養し、災を除き(息災)、幸福をもたらし(増益)、
悪を屈服する(降伏)ことを祈願する。


観世音 第14号 (昭和39年3月18日)より抜粋


~ 仏教の他者への愛を究極の姿 ~
慈悲の究極として<無縁の大悲>


つまり私が誰にどれだけのことを等という条件を意識しないで
他者を幸せにする無条件の大愛が説かれている。


観世音 第13号 (昭和39年1月18日)より抜粋


~ 一口に花といっても牡丹、百合、薔薇、たんぽぽのように
それぞれ独特の色と形を持っていて特質を精一杯に発揮して
私達の眼を楽しませてくれてます ~


私達は今一度じっくりと自分というものを見極め、その持前を知り、
賢なりともそれに溺れず、我も人なり彼も人なり、 愚なりとも悲しまず、
人という一つの立場で、各自の持前を発揮して 持ちつ持たれつ、
家庭、社会をしっかりと守りましょう。
寿徳寺 第23代住職 新井正誉


観世音 第12号 (昭和38年11月18日)より抜粋


静坐のすすめ
私達は、時代の急転と社会の複雑化の中で
キリキリ舞いをしながら生きている。
~ だからこそ静かに坐ろう ~



観世音 第11号 (昭和38年9月18日)より抜粋


~ 道は(語るべきものではなくて)踏み行くべきものである ~


道林禅師や釈尊は言う。
‘善悪を弁別するのは少年にも容易だが、悪行を斤けて善行につくことは
白髪の老人にも至難のワザである’
‘髪白きこと尊からず、徳高きを以って尊し’
‘教えを説くこと尊からず、法を行ずること尊きなり’

批判が先行して実行が後退している現在の様子を過去から指摘されてるようだ。
福性寺 先代住職 田久保周誉 師の言葉


観世音 第10号 (昭和38年7月18日)より抜粋


~ 百聞は一見にしかず ~


寿徳寺では法事で檀家の皆様と朝暮勤行法則を読経します。
今まで読んだことがなかったという檀家の奥さんがやってみたら。。。
意外とわけなく出来て、
今まで無縁だと思っていた仏教経典が身近に感じられる、と連絡がありました。

朝暮勤行法則をご希望の方はお知らせください。
お送りいたします。無料。

観世音 第9号 (昭和38年5月18日)より抜粋


~ 私達は他からの助けで「生かされておる」という事は
私達も他を「生かしておる」ことでもあります ~


私達が生きている事実は取り巻くすべてのものの
「助け合い」なくしては不可能で
そこに感謝が生まれ、人と人との付き合いがあらわれ、
道徳が出来、物を大切にする考えが生じます。
三念寺住職 清水淳誉 師の言葉


観世音 第8号 (昭和38年3月18日)より抜粋


~ 理性では知ることができないことがある、
悟ることで真の安心が得られるのではないか ~


仏教もキリスト教もイスラム教も神道も長い伝統に支えられ、
どれも目指すは人間の幸福であるのでしょう。
それぞれ山頂へ登る道が違うだけにすぎない。
山頂とは真理のことで仏教では悟りと表現する。
疑いがなくなり、心が静まるということである。
つまり、知るとか知らないという段階を乗り越えた‘執らわれない’状態のことである。


観世音 第7号 (昭和38年1月18日)より抜粋


~ 仏教は宗教である。しかし宗教は仏教でない ~


自分は何も信じていないから、仏像に手を合わせないし、お賽銭をあげない。
つまり私は無(非)宗教な人間である、という日本人は多い。
仏教とはそのように形にとらわれた宗教ではありません。
仏教は奥深く崇高なもので「自覚する」ことなのです。「自らを覚す」とは
関心をよせ、疑問や意識を持つことからはじまります。
自分自身に疑問を感じ、己を省みる。
ぶつぶつと理屈をとなえる前に、正しい行いの実践が大事であり、それが仏道です。


昭和37年9月から11月、門前掲示板にかけられていた慧誉和尚が選んだ言葉

昭和37年9月23日~28日

山中の賊は敗れやすく、心中の賊は敗りがたし

昭和37年11月5日~15日

善いことは他人はしなくとも自分がすればよい

昭和37年11月16日~26日

十人の上に立つ者は十人の下に、百人の上に立つ者は百人の下に


※観世音第6号(昭和37年11月18日)参照


観世音 第5号 (昭和37年9月18日)より抜粋


~ 言葉は人の意思を伝える便利な道具ですが ~


あくまで道具なので、語る人、聴く人によってその意味するところは
いかようにも解釈出来、相手次第で誤解をまねくことがあります。
よって不完全と言えましょう。他人の表現せんとすることは
出来得る限りその人と同じ気持ちになって感じる(=観じる)ことが
大切であり、これは仏教の‘悟り’へ通じるものではないでしょうか。


観世音 第4号 (昭和37年7月18日)より抜粋


釈尊は‘一切のことをみずから知った’


マッジーマ・二ヤーカというお経の中で、
釈尊は‘一切のことをみずから知った’と述べてます。
仏教とは、人間釈尊が現実の人間をあるがままに見て、実践的存在としての
人間の理法(dharma)を体得し、克ち得た‘ものの考え方’であります。

仏教は死者だけのための宗教ではなく、現在生きて生活しているあなたのものです。


観世音 第3号 (昭和37年5月18日)より抜粋


本当の自由とは、自覚された自由


自由だから何をしてもいいということは、裏を返せば何をしていいかわからないということ。
・ 帰(き)すべきところがない
・ 場所が見つからない

心の眼(まなこ)を開けて自分が生かされていくだけではなく、他人をも生かしてゆく。
それが、正しきダルマ(dharma)なのです。


観世音 第2号 (昭和37年3月18日)より抜粋


私達の経験するあらゆるものが 『 無常 』
~ 人がこの世に生まれた以上「死」というポイントに向かって
強制的に行進をさせられているのです ~

仏教の開祖釈尊は生まれながらにして人間であり、我々と同じだったのです。
従って、人生の悩みや死への恐怖も同じでした。
釈尊が修行の結果 「気付いたこと」 を 「教えた」 のが仏教のはじまりです。


観世音 第1号 (昭和37年1月18日)より抜粋


釈尊を神格化してはいけないのです
私たちは、釈尊の教えに帰依するのであります
All is vanity


真言宗 豊山派